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ひらめいたままに行動するのは

とっても軽やかです。

 

直感は何よりも強いと、よく言われますが

確かに本当にその通り。

思いついたらパッとやってみると

そこには何も余計な気持ちがついてきません。

その「勢い」が、暮らしをスムーズにしてくれる!

日常の中で特に功を奏するのは

料理するときでしょうか。

レシピ通りの料理など

悠長なことはしていられないとき。

冷蔵庫にあるもので出たとこ勝負の

夕食をととのえねばならないとき。

頭に浮かぶままにざくざくと

食材や調味料を組ませてみると

あら不思議。

結構面白い風味のひと皿ができあがったりします。

 

物事がうまく行くときというのは

こんなふうに

勢いにまかせたまま

何の判断も計算もせずに

ただ無心にやり切っているときのようです。

とは言え、たとえば料理と大事な仕事とは

同じレベルではとてもじゃないけど考えられない。

そうお思いの方も多いことでしょう。

よくわかります。

 

ただ、ひとつ言えることは

判断と計算というものは

往々にして批判モードに入りがちです。

 

それは失敗することを想定した上で

あれこれ比較検討したり

過去のデータを持ち出したりして

なんとかうまくいかせるように

ああだこうだとやりはじめるので

かなりねじ曲がった状態で

結論を出すことになるからです。

 

あなたにもご経験がないでしょうか?

◎○がしたいと、せっかくそう思ったのに

お金や時間や人の目などを考えてしまって

お利口になったつもりでやめてみたけれど

後でものすごく後悔したということ。

それは心の声を全力で抑え込んだことの

痛みなのかも知れません。

 

この頃思うのです。

心の声とは、もしかしたら

自分自身の心から出たものではなく

自分を守ってくれている、何かから届く

伝言ではないかと。

「気のせい」で片づけてしまうのは、とってももったいないことです。

その何かが何かと言えば

それはよくわからないのですが

たとえばご先祖さまからとか

ご縁のあるどなたかからとか

少々スピリチュアルめいた

言い方ではありますが

そんなはかり知れないものからのような

気もしてならないのです。

 

たまらなく惹かれる。

たまらなく抵抗がある。

絶対いいと思う。

絶対危ないと思う。

そんなメッセージを気のせいにしないで

ありがとう、とひと言伝えながら

にっこり微笑んでその通りにしてみることは

きっと自分の中心につながれる

最高に確かな方法のように思います。

 

それこそ本当に

キターっというその感じがきたら

そのまま飛び乗っていくのが最高!

 

また明日。