映画「案山子とラケット 」。

公開初日に観てきました。

 

この映画には、実に向こう見ずな人たちが登場しています。

まずは物語の中心となるふたりの少女。

テニスコートのない村で、ソフトテニスをしようと思うのです。

そして、リストラに遭ったことから心機一転、

住み慣れた都会を離れてひとり豊かな自然の中で、

農業をはじめてしまう男性。

 

普通に考えれば、無謀なことです。

ところが、「やってみたい」気持ちというのは強いもの。

「不安」も、「夢中」という思いの前には、

影をひそめてしまうのです。

 

ソフトテニスが題材となっている映画ですが、

いわゆる「スポ根」的な風味はありません。

少女たちの温度も、まっ赤に燃えた情熱、というより、

心惹かれるものに向かって、はつらつと進んでいく、

常温の心地よさがありました。

 

そして、そんなピュアな思いは、やがて周囲の大人たちも

巻き込んでいくことになるのです。

 

スクリーンの中の少女たちの姿に思いました。

やりたいことに対して、まっすぐでいられるというのは

なんて「自分自身を生きている」ことなのだろうかと。

 

人が輝くときというのは、取りも直さず

自分らしくいられる場所で、

自分らしいことをしているときだと思います。

また、そうできているときこそ、

新しく道は開けていく。

そんな気がします。

 

また、この映画に登場した少女たちと、農業を志した男性は、

自分の心が向いたことに対して、

ほんのわずかも、疑っていませんでした。

迷ってもいませんでした。

それがとても、よかったのです。

堂々と自分自身を生きているようで。

 

だからこそ、その向こう見ずさ、無謀さが

美しく、こころよく、心に響いてきたのでしょう(^・^)。

 

そして思うのです。

時に、わたしたちは、

世間からの見えない操作によって、

自分以外の人間にならされているときがあるようだと。

 

言いたくないことを言い、

芽生えた感情までも押し殺す。

そうせざるを得ないときがあるのです。

 

ですが、そうした操作を、勇気を持って断ち切ってしまったら

どんなに生き心地がよくなることでしょうか。

 

少女の父親でもある、農業をはじめた男性役の

小市慢太郎さんの笑顔が、まさにそれを伝えてくれました。

自分自身をしっかりと生きている人だからこそ

見せられるビッグスマイル。

思いのすべてが表情筋に反映されているかのような

その笑顔には、心のチリやホコリも一掃される思いでした。

 

今、何かに取り組んでいる方。

かなえたい夢のある方は、ぜひご覧になるとよいと思います。

その夢に対する自分の気持ちが、きっと再確認できます。

 

 

やらずにはいられないのは、

心の底から願ったことだから!

また明日(^_^)/

xxx